歳末警戒:夜回り「火の用心」
今月28日から30日まで、地元浦賀:荒巻町内会の歳末警戒:夜回り「火の用心」が行われ、参加しました。
3日間にわたり、夜間町内を巡回するもので、4?5人が一組となり、金棒を先頭に拍子木を打ち鳴らしながら各町角を回ります。寒中の一時間弱の巡回ですが、すぐに体が温まってきます。
「火の用心」は年末の風物詩であるとともに、実際に各家庭へ「火の用心」を注意喚起する大事な仕事だと思います。
(12月31日記)
神奈川県横須賀市市議会市議会議員 木下けんじ公式サイト
2008年12月31日
今月28日から30日まで、地元浦賀:荒巻町内会の歳末警戒:夜回り「火の用心」が行われ、参加しました。
3日間にわたり、夜間町内を巡回するもので、4?5人が一組となり、金棒を先頭に拍子木を打ち鳴らしながら各町角を回ります。寒中の一時間弱の巡回ですが、すぐに体が温まってきます。
「火の用心」は年末の風物詩であるとともに、実際に各家庭へ「火の用心」を注意喚起する大事な仕事だと思います。
(12月31日記)
2008年12月26日
2008年12月25日
横須賀水道給水開始100周年記念式典がベイサイド・ポケットで行われ、出席しました。
横須賀の水道は、明治41年(1908年)12月25日に、走水水源地から市内へ給水を始めたことを発祥とします。
走水を水源とする水道は、ヴェルニーにより計画敷設(明治9年・1876年)されことはよく知られていますが、もともとは当時の横須賀製鉄所(造船所)のための水道でした。
帝国海軍は、横須賀軍港の整備を進めますが、水道事業もその一つで、当初の走水水系、その次は半原水系と、水需要の拡大に合わせて、水源地を拡大していきます。半原水系は中津川上流を水源とする、横須賀まで実に延長53Kmの自然流化式の水道でした。
大東亜戦争の終戦にともない、これらの海軍水道のほとんどが、国から横須賀市へ譲渡され、今日に至っています。
都市基盤の重要な要素である水道の整備も、海軍の遺産といえるわけで、これらは今日でも単なる遺跡ではなく、生きた財産として都市インフラの一部となっていると思います。
(12月25日記)
2008年12月 6日