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日記 -ブログ-
木下けんじの活動を日記形式でお届けします。
2010年2月 7日
2010年2月 1日
鳩山連立政権の安全保障政策(22.2.1)
鳩山連立政権の安全保障政策が揺れています。
1月24日の沖縄・名護市長選挙において、普天間飛行場の移設に反対する市長が誕生しました。
この結果を受けて、鳩山首相は普天間飛行場の移設先を、国外県外を含めてゼロベースで検討し、5月までに決定する方針とのことです。
このことは、国家安全保障上の問題を、一地方自治体の有権者に委ねたということに他なりません。
普天間飛行場を名護市辺野古のキャンプ・シュワブ沿岸部へ移設する現行案は、新たな戦略環境に対応するべく、日米両国が取り決めた在日米軍兵力再編計画の一部です。この再編計画全体はロードマップと呼ばれています。
そもそも在日米軍再編計画検討の背景には、「抑止力の維持」と「地元負担の軽減」という基本的な考えがありました。また、ロードマップは普天間飛行場の移設だけではなく、在沖米海兵隊全体の再編や空母艦載機の厚木から岩国への移駐など、多くの案件が含まれています。しかもそれらが相互に深く関わりあっています。(防衛白書より)
もし、普天間移設問題が先送りされた場合、さらにはすべての計画が白紙に戻った場合、「地元負担の軽減」という当初の目標は実現しないこととなります。
そして、このような混乱は日米安全保障体制に悪影響を与えることは必至であり、「抑止力の維持」を担保できず、わが国の安全を保障できなくなります。
今年は日米安保50周年という節目の年です。本来ならば日米同盟の絆を再確認すべき年だといえます。このように日米同盟が混迷に陥る事態は、皮肉を通り越して、ブラックジョークといえるのではないでしょうか。
2010年1月30日
2010年1月18日
2010年1月12日
2010年1月 3日
2009年12月 6日
開国史シンポジウム「明治時代の横須賀を語る」
12月5日(土)、ベイサイドポケットにおいて、開国史シンポジウム「明治時代の横須賀を語る」が開催されました。
開国史研究会会長山本詔一氏による基調講演とパネリスト平間洋一氏等によるパネルトークの2部構成で行われ、多くの観客でにぎわいました。
このシンポジウムは、NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」の放映に合わせて企画されたもので、横須賀と海軍のかかわりを勉強するうえで、大変興味深い内容でした。
ドラマ「坂の上の雲」は大人気のようですが、おかげで記念艦三笠の来艦者数も増えているようです。
記念艦三笠では、来年5月9日まで、特別展「秋山真之と正岡子規」が開催されています。こちらも一見に値すると思います。
2009年11月29日
護衛艦「はるさめ」海賊対処任務から帰国(21.11.29)
11月29日(日)、護衛艦「はるさめ」がソマリア沖における海賊対処任務を終了し、横須賀へ帰港しました。
7月6日に横須賀を出港して、約5カ月ぶりの帰国です。ご苦労様でした。
ソマリア沖アデン湾では、外国籍船を含む計248隻の商船等を護衛し、一隻の被害も出さなかったその実績は、国際的にも高い評価を得ています。
それにしても、入港歓迎に防衛省からは大臣以下一人も出迎えませんでした。
振り返れば、「はるさめ」が7月に本邦を出発した後、8月30日の衆院選挙で政権が交代したわけですが、民主党政権の安全保障音痴がここにも露呈されたものと思います。
粛々と任務を遂行して帰国した隊員の皆さま、本当にご苦労様でした。
2009年11月 9日
護衛艦いかづち、インド洋へ出港(21.11.9)
インド洋における補給活動に従事するため、護衛艦「いかづち」が横須賀を出港しました。(同日、補給艦「ましゅう」が舞鶴を出港)
民主党政権は特措法を延長しない方針を公言しており、その場合、1月に法律の期限切れとなり、部隊は撤収することとなります。つまり、平成13年(2001)の9.11同時テロ以来継続してきた、インド洋補給支援任務は、この部隊が最後の任務となります。
見送り時の防衛政務官の訓示では、この活動は国際社会で高い評価を得ているとの認識を示しました。ではなぜ活動取りやめなのか、明確な説明が欲しいものです。
隊員の皆さんは、政治に振り回されることなく、任務を完遂し、元気で帰国されることを願っています。
2009年11月 8日

